及川 真央(おいかわ まお)


福岡県北九州市出身。大学時代から教育に関心を持ち、認定NPO法人カタリバ等で活動。不動産会社勤務を経て、現在は新潟県の教育魅力化プロジェクトに参画し、阿賀黎明高校および町営塾「黎明学舎」で活動する。どんな環境であっても自分の価値を選択し探求できる社会の共創を目指し、地域社会を巻き込んだ高校生向けキャリア教育を実践中。


キャリア教育に打ち込んだ学生時代

現在のお仕事内容について教えてください。


新潟県阿賀町にある阿賀黎明高等学校で、教育魅力化プロジェクトに参画しています。教育魅力化プロジェクトとは、「町全体が学びの場となり、学び続けるひとづくりを進めよう」という取り組みです。人口減少が進む地域での学校教育に地域全体を巻き込むことで、地域活性化や教育の質向上を目指します。


その枠組みの中で、僕はプロジェクトスタッフとして、「黎明学舎」という町営塾の運営や阿賀黎明高校の総合的学習の時間のカリキュラム編成を行っています。


阿賀町は人口1万人の過疎地域。阿賀黎明高校は町内唯一の高校で、民間の学習塾は一つもありません。家庭と学校に加え、塾というサードプレイスを提供することで、学校だけでは得られない教育機会を補完したり、地域社会との橋渡しをしたり、もちろん学校の定期テスト対策など、生徒一人ひとりに合ったサポートをしています。


中でも僕が力を入れているのが、キャリア教育です。地方では、生徒が目指すロールモデルとの接点が少なくなりがち。そこで僕は、自分のコネクションを活かしながら、生徒が社会で活躍する大人とオンラインで話せる機会をつくっています。


先日は「ダンスインストラクターになりたい」という生徒に対して、プロのダンサーと話をする機会をセッティングすることができました。生徒のキラキラした目が印象に残っています。


及川さんは学生時代から教育に関する活動をされていたのですね。


はい、大学時代には、カタリバという教育NPOでの活動や、ネット上の通信制高校として有名なN高校でのインターン、高校生向けインターンシッププログラムの立ち上げなど、多岐にわたる活動をしていました。しかし、大学2年生になるまでは、教育に対して大きな関心があったわけではありませんでした。むしろ、特にやりたいこともなく、漠然と公務員になろうかな程度にしか考えていなかったんです。


そうなんですね。何がきっかけで教育に関心を持ったのでしょう?


ターニングポイントが訪れたのは、成人式前後のタイミングでした。親しい飲み友達が「これから自分でビジネスを始める」と。成人になるという節目のときに、やりたいことを明確に持っているその友人と、なんとなく学生生活を過ごしている自分とが対照的に映り、言いようのない歯がゆさを味わいました。

高校時代の友人からカタリバの活動に誘われたのはそのときです。「とにかく何か始めてみよう」と焦りの混じった気持ちから、その活動に加わりました。


カタリバは、大学生が高校に出張し、キャリア教育授業を行う団体です。初めて高校に訪問したときのことが思い出されます。僕の話を真剣に聞き入ってくれた一人の生徒がいました。彼女は放課後にわざわざ僕のところまで来て「話を聞いてほしいです」と。「芸術の道に進んで、いずれは自分の工房を持ちたい。でも一方で、とても厳しい世界だから、将来がとても不安だ」という葛藤を打ち明けてくれたんです。


高校生とこんなふうに真剣に話をするのは生まれて初めてでしたが、話をするうちに、だんだんと彼女の表情が明るくなっていって。最後には、「自分が目指すことを頑張ってみようと思います!」と言ってくれました。それは、彼女だけでなく、僕自身の頑張りたいことも定まった瞬間でした。「こういう活動を一生やっていきたい」と。

葛藤を経て、教育の世界に返り咲いた

それをきっかけに、教育の世界にのめり込んでいくわけですね!一方で、ファーストキャリアとしては不動産会社に入社されていますね。これにはどんな背景があるのでしょうか?


正直に言うと、逃げの姿勢がありました。カタリバでのできごとをきっかけに、学生時代は高校生のキャリア教育に打ち込んだものの、自分のキャリアのこととなると、思い切った決断ができませんでした。


僕は22年間北九州で育ち、どうしてもホームから離れることに対して躊躇してしまうところがありました。北九州で教育事業を展開している会社や団体はほとんどありません。必然的に他業界に目を向けたものの、今ひとつ本腰を入れることができません。悩んだ末、最終的には地元の不動産会社に入社することになりました。


仕事は、やりがいがまったくなかったわけではありませんでした。でも、教育に対する情熱ほど湧き上がってくるものはなく、僕は再びモヤモヤ期間に入ってしまいました。自分に誇りを持てなくなってしまったんです。


そんなときに転機になったのは、これまた友人との集まりでした。内心引け目を感じつつお互いに近況を報告。そのときある友人に言われた一言ではっとしました。「このまま北九州にいても、悪くない人生で終わっちゃうんじゃない?」と。

振り返ってみると、僕はこれまでの人生を通して、挑戦すること、居心地のいいエリアから出ることをしてこなかった。大学受験も、合格確実なところしか受けませんでしたし。その結果として自分に誇りを持てなくなっているんだから、リスクを背負ってでもチャレンジしたほうが、どんな結果になっても今よりはいいに決まっていると思ったんです。転職を決意し、改めて教育に携わることができる仕事を探しました。


すでに教育魅力化プロジェクトに取り組んでいたカタリバの先輩を頼りに、全国各地の教育魅力化プロジェクトに応募。ご縁があったのがここ新潟でした。のびのびとした環境で、自由度高く取り組めそうな雰囲気に惹かれました。


現在は教育魅力化プロジェクトを通じてどんなことを目指していますか?


すべての高校生が、どんな環境であっても自分の価値を選択し、探究できる社会の共創を目指しています。地方と都市部との情報格差をなくし、地方ならではの教育機会をつくっていきたいです。


特にウィズコロナ・アフターコロナの時代ではオンライン化がさらに進み、地方にとってはむしろ新たなチャンスが生まれたと言えます。地方であっても、社会との十分な接点を提供することで、一人ひとりにとっての幸せや理想の人生を考えるきっかけをつくりやすくなりました。


「自分が何をしたいのかがわからない」と高校生は言います。しかし、僕自身の実体験からも言えることですが、答えは必ず自分の中にあるんです。単に、それがまだ発露していないだけ。やりたいことを発露させるには、いろいろな情報や刺激をインプットすることが必要です。ところが、高校生の彼らは、大人との接点を十分に持っていません。実際に聞いてみたところ、親戚以外で交流のある大人が4人くらいしかいないことがわかりました。自分の人生設計の参考になる大人が4人しかいないのでは、視野が狭くなってしまうのは当然です。


最後に、今後2~3年で取り組みたいことを教えてください。


黎明学舎を1万人の学び舎にしたいです。阿賀町の人口は1万人。黎明学舎が生徒と阿賀町の人たちをつなぐことができれば、これは、生徒にとって1万人のロールモデルがいることと同じになります。1万人の人生・価値観を学べる場所。想像するだけでワクワクします。それを実現するには、いろいろな仕組みづくりをする必要があるので、今後少しずつ着手していきたいですね。


オンライン化がさらに進んだ暁には、1万人と言わず1億人、ひいては80億人の学び舎も不可能ではないと思っています。地方であっても日本や世界全体に開かれ、日本中、世界中の人々の人生や価値を学べる場所づくりが究極的な理想です。


また、僕自身の価値もさらに高めなければならないと思っています。ひとつの組織に依存することなく、教育という終わりなき大きなテーマに、場所や立場を選ばずに関わり続けられる人でありたいです。教育に携わる手段としてまず最初に思いつくのは教員になることだと思いますが、「そうじゃない選択肢もある」ということを、身を持って伝えていきたいですね。