半田 恵清良(はんだ えずら)


1995年生まれ。看護学校卒業後、外科病棟の看護師として勤務。その後、フリーランス等を経て、現在は採用マーケティング支援事業を行うHeaR株式会社にてマーケティングチームの責任者を務める。


看護師の道を切り替え、ビジネスの世界へ

現在のお仕事内容について教えてください。


採用マーケティング支援事業を行うHeaR株式会社で、顧客獲得を目的としたマーケティング・広報活動を統括しています。noteでの記事作成や採用担当者向けセミナー開催、プレスリリース配信など、少人数の会社なので幅広い業務を行なっています。


採用におけるミスマッチは尽きません。それによって仕事を十分に楽しめず、飲み会で口を開けば上司の愚痴、毎週月曜日を嫌々迎える人が少なくないのが現状です。何歳になっても、まるで青春時代かのようにイキイキと働く大人を増やしたい。そんな想いから、弊社は「青春の大人を増やす」というテーマを掲げ、「働く」と密接に関わるHR領域で事業展開をしています。


半田さんは看護師からキャリアをスタートしていますよね。現在の仕事に至るまでの経緯を伺えますか?


看護師になった理由は幼い頃にさかのぼります。敬虔なクリスチャンの両親に影響を受けて、幼い頃から「人を助ける」ことに興味があったんです。

私が生まれる前のことですが、両親は阪神淡路大震災で被災しています。あの日、朝の礼拝に行くために家を出た直後に地震が発生。振り返ると家が倒壊していたそうです。九死に一生を得た体験から、両親からは常に「自分の命は自分だけのものではない」と教わりました。


「人を助ける」手段はたくさんありますが、物心ついてから私が特に関心を持ったのが、医療の仕事です。『救命病棟24時』といった医療系ドラマに夢中になり、かっこいいなといつも思っていました。そんな憧れを持ち続け、看護学校に入学しました。まさに看護師という夢に向かって一直線でしたね。


転機になったのは、看護学校3年生の頃。「このまま看護師になったとしても、多くの人を助けるにはもっと稼ぐ力が必要だ」とふと思い、ビジネスの世界に興味を持つようになりました。では、どうやって稼ぐか。いろいろ調べた結果、私が挑戦したのはアフィリエイトブログの運営でした。スクールに通い、コツコツ続けていると、次第に収益が上がるようになりました。


看護学校卒業後は看護師として病院に就職しましたが、ブログ運営も続けていました。看護師の仕事自体にはやりがいを感じました。長年の夢でしたし、人の命に携わっていたことは今でも誇りに思っています。


でも同時に、この仕事を一生続けていくイメージは湧きませんでした。ちょうどブログで稼げるようになった頃だったので、私の知らないビジネスの世界で生きている人に憧れが強くなってきたんです。看護師として1年勤務した後、病院のシフトを少なくしていただき、ブログ運営を通じて知り合った方が経営する会社にジョインし、さらに1年ほどやっていました。私と社長の2名体制だったので、営業活動やオウンドメディア立ち上げ等、いろいろなことにチャレンジさせていただきました。

その後はフリーランスとして独立。不安がなかったと言えば嘘になりますし、親にもすごく反対されましたが、手に職をつけていることが後押しになりました。その日から、営業代行やブログ運営に精を出す日々が始まりました。


意外にも独立初月から十分な売上が得られ、不安は払拭されました。看護師としてどんなに働いても稼げない額が口座に入っていることは単純に嬉しく思いました。しかし、次第にどことなくむなしさが残るようになって。なんだか、幸せを感じることができなかったんです。「私のやりたいことは本当にこれなのかな」「5年後も10年後も、このまま稼ぐことはできないだろうな」と。


「つまらない。」ビジネスを始めたての頃や看護師時代にあった成長実感や達成感がなくなったことで、自分にとってそれがどれほど大切かを再認識することができました。


自分のすべてを注ぎ、圧倒的に成長できる環境を求めて、フリーランスをやめて転職活動を始めました。そんなとき、Wantedlyでたまたま見つけたのが、今の会社です。特定の業務だけではなく、少数精鋭であるが故に幅広い仕事に挑戦できる点に惹かれてカジュアル面談に応募しました。ここなら、自分の求めているものが全部ありそうだと思って。


面談でお会いした社長は誠実で、素敵な方でした。オフィスを見学させていただいたんですが、当時2LDKのマンションに5人のメンバーがひしめく感じがなんともスタートアップらしく、魅力的でした。他の社員の方も温かく、俄然入社意欲が湧きましたね。「この会社以外どこにも就職したくない」と思うほどゾッコンでした。


体験入社を経て、無事に内定。5ヶ月働いてみて、今、とても充実しています。ものすごく高い目標にくじけそうになることももちろんありますが、それでも達成できたときの高揚感、成長実感はかけがえのないものです。それはまさに、私の求めていたものでした。幼い頃憧れ、実際に経験もした医療の世界とはまったく異なる世界ではありますが、「仕事」や「キャリア」という人の人生に密接に関わるテーマで「人を助ける」こと、社会的意義のあることができていることにやりがいを感じています。

「同じ自分でいたくない。常に変わっていたい」

ジェットコースターのような展開に、思わず聞き入ってしまいました。それだけ大きな決断を下すことができるのはなぜでしょうか?


「誰かに認められたい」という承認欲求は少なからずあると思っています。引っ越しが多い家庭で育ったためか、小さい頃は内気な性格で、認められることに飢えていたのかもしれません。


でも今はそれ以上に「同じ自分でいたくない。常に変わっていたい」という気持ちが私の原動力になっています。新約聖書の一節に私の好きな言葉があります。「耐えられない試練は与えられない。」この御言葉を知ったときから、辛いことでもがんばろうと思えるようになりました。


それ以来、私が大きな選択をするときの基準は「あえてつらい道を選ぶ」こと。いつか自分の人生を振り返ったときに、何もしていていない、前進していない時期があるなんてもったいない。明らかにつらそうだけど、その先にワクワクを感じるから、やっぱり選んでしまうんです。


何があったって、きっと死ぬことはない。そう考えると少し楽になります。変わりたいという気持ちはありながらも、いざチャンスが訪れたときに尻込みしてしまう人もいるかと思いますが、私でさえなんとかなっているんだから、臆病にならずに挑戦してほしいですね。