中田 義則(なかた よしのり)


2013年より海外駐在し、ベトナムで新会社・新工場の立上げ業務に従事する。現在はサントリーグループのBrand's Suntory Internationalに所属し、タイのバンコクとシラチャに拠点を置きながら、東南アジア各国の製造拠点のマネジメントを担当。
また、これまでの海外駐在の経験をまとめたブログ「グローバル化に備え、今何をすべきか?」を運営する。


焦燥感から海外に飛び出した

中田さんはサントリーグループの海外拠点で勤務されていると伺いました。


はい。2013年から海外拠点で勤務してきました。シンガポール、ベトナムでの駐在経験を経て現在はタイに拠点を置き、東南アジア各国にある製造工場の統括をしながら、製品品質、生産性などのパフォーマンス向上及び製造原価管理、それから新商品開発・製造の担当をしています。


複数の国にある拠点をマネジメントすることの面白さは、国によって人の性質も文化も働き方もまったく違うというところにあります。例えば私がいま駐在しているタイは、仏教徒が人口のほとんどを占める国。上司と部下の厳格な上下関係があり、部下からスムーズに情報が上がってこないこともしばしば。そういった状況でいかに部下と距離を縮め、リスクを早期に察知するかというところが課題です。一方でシンガポールは多民族国家なので、国内で様々な文化が混在しています。そのため、伝わりやすいコミュニケーションの仕方もスタッフによって千差万別。このように、全く異なる文化の中であっても、コミュニケーションを綿密にとり、会社のゴールに向かってスタッフを動かしていくことが、難しくもありやりがいのあるところだと感じています。

どういった経緯で海外拠点に駐在することになったのですか?


自分から会社に希望を出し、海外赴任することになりました。思い立ったきっかけは2つあります。


1つ目は、海外の市場に目を向けないといけないという危機感を抱いたことでした。日本は人口減少・少子高齢化でどんどん市場が縮小していくことは自明です。単純に飲料を消費する人の数が減っていくわけですから、飲料メーカーは日本だけに留まっているわけにはいかないなと。


2つ目は、海外で通じる英語スキルを身に付けたいと思ったこと。飲料を製造する設備は、欧米諸国などの海外製が多いんです。日本で働いていたときも、海外のエンジニアと設備について話す機会が度々あったのですが、いかんせん英語が話せなかった。伝えたいことをうまく伝えられず、非常に悔しい思いをしました。


その2つの理由があって、海外で働きたいと焦燥感に駆られたのが事の始まりです。そこから必死に勉強して赴任ができるレベルの英語力になり、「海外に行かせてください」と会社に打診し続けました。

海外赴任に対する思いが会社に認められ、まずは日本にいながら出張で海外の工場をサポートすることになりました。2012年からインドネシアの工場の立ち上げや新製品導入のサポートを担当したことが、海外に関わる最初の仕事です。インドネシアでのプロジェクトを担当した後、2013年にシンガポールに転任。そのときは、海外拠点立ち上げの戦略を考える部署に所属しており、ベトナムに新会社・新工場を立ち上げるという結論に。誰が立ち上げで現地に行くかという話になったときに、私が任命され、2014年からベトナムに拠点を移しました。それからシンガポールに戻ってまた新しいプロジェクトに従事している最中、現在所属しているBrand's Suntoryの本社がシンガポールからタイに移転することになり、2017年から現在駐在しているタイに移った、という経緯です。


かなり目まぐるしくはありましたが、ベトナムでは新しい拠点をゼロから立ち上げるという大きな変化のあるプロジェクトに関われて、多くの人ができないような経験を積めたと思っています。とてもやりがいを持って仕事できていますね。


東南アジア中を駆け巡る生活をされてきたんですね!海外で働くことに対する不安はなかったのでしょうか?


自分から海外に行きたいと希望した反面、環境がガラッと変わってしまうことに対する不安はもちろんありましたよ。ただ、私の場合ラッキーだったのは、いきなり駐在ではなく最初に出張という助走期間があったところかなと思います。とはいえ、出張だけでも現地と日本の文化や働き方との違いはひしひしと感じました。インドネシアでは宗教の違いに直面したのが印象に残っています。ところが「こんなに日本と違うんだ!」という衝撃が、私には好奇心に変わったんですよね。海外に出ないとこうやって身を以って知ることはできなかっただろうし、自分にとって必要な経験だった。違いを受け入れて楽しみに変えられる人は、「海外に行ってみたい」という思いがあるのであればどんどん出てみるべきだと思います。

駐在経験を通じて確立した自分の「軸」

海外に駐在することでご自身の中での変化はありましたか?


自分の軸を確立した、という点が1番大きな変化ですね。海外で働くと国や地域によって文化も人も仕事のやり方も違うので、自分の軸を持たないと発言や行動がブレてしまいます。赴任した当時はまだ軸が定まっていなかったので、環境の違いに左右されてフラフラしてしまったところがありました。今は自分の中で大事な軸を持って、それ以外の部分は環境に応じて柔軟に対応していけば良いという考え方に変わりました。


中田さんが持っている軸とはどんなものでしょう?


製造に携わる身として1番大切にしているのは「どこでも同じ質で製品を提供する」ということです。国ごとの物価に合わせて最適なコストで生産しようとすると、ともすれば品質に妥協を迫られます。同じ商品でも、日本とインドネシアとで品質に差が生まれてしまうなんて、あるべき姿ではないはずです。当然、品質を重視するとコストアップするというトレードオフの問題は重くのしかかります。しかしそれを創意工夫で解決するのが現場メンバーや私の腕の見せ所でもあり、そこに駐在者としての私の価値が存在すると思うんです。シンプルに、「良いものを作る」。それが私にとっての製造における軸になっています。


また、人とのコミュニケーションにおいても同じことが言えます。何より重要だと思うのは、誰に対しても、自分の立場が変わっても同じ姿勢で話をすること。海外で働き始めてしばらくは、「日本人だから」「インドネシア人だから」と関わり方を変えていました。ベトナムに駐在していたとき、現地のメンバーから「人によって態度を変えているよね」というフィードバックを受けてはっとしたんです。そういう率直なフィードバックをもらえる関係性を構築できるように、誰に対しても同じ姿勢で関わるということはとても意識しています。


苦労があったからこそ伝えられるメッセージを届けたい


ご自身の活動を通じてどのような価値を提供したいですか?


海外で働きたい人や異文化の環境下で苦労している人を、自分の経験を伝えることによって手助けしていきたいです。自分に軸ができたことや、日本の外に出てみることで日本の良さも悪さも客観的に知ることができたこと。海外での駐在経験を通じて、私自身は得るものが多かったなと思うんです。だからこそ、自分の中だけで学びを留めておかず、海外で活躍したいと思っている人をサポートしたい。最終的には、日本人がもっと海外に出て活躍できるようになることが理想ですね。


振り返ると、7年間の駐在経験は苦労の連続でした。生活のことも仕事のことも様々な面で困難を乗り越えてきたので、このまま言語化しないでいるのは勿体無いなと感じたんです。自分に何ができるかを考えたときに、私と同じように海外で苦労している人や海外に行きたいけど不安がある人の力になることかな、と。経験したからこそ伝えられることは少なからずあるんじゃないかと思っています。


経験を活かして海外で活躍できる人を増やしていきたいとお考えなんですね。その志を実現するために、どのように取り組まれていますか?


社内の取り組みで言うと、日本の社員を研修生としてタイの工場で積極的に受け入れたり、海外に挑戦しようとしている若手社員の相談に乗ったりして、海外拠点で働きやすい環境づくりに貢献したいと思っています。


また、個人的な取り組みとしては、仕事の話だけでなく、プライベートも含めて海外生活で感じたことや学んだことをブログで発信しています。例えばお子さんの教育などご家族のことが気がかりで一歩踏み出せない方が多いと感じるので、その心配が解消されれば良いなと思い、自分の経験談を紹介しています。


今後は、コーチングにも範囲を広げたいなと考えています。今はブログで一方的に発信していますが、対面でどういうことに悩んでいるかを聞きたいし、一人ひとりの悩みや不安に応じて経験をシェアしていきたいですね。