住田 桃子(すみだ ももこ)


1994年広島県生まれ。中学校英語科教諭として勤務した後、現在は島根県津和野町の小中学校にて教育魅力化コーディネーターを務める。フリーランスのグラフィックレコーダーとしても活躍中。


教鞭をとる中で抱いた学校教育への問題意識

まず、現在のお仕事内容について教えてください。


島根県津和野町の小中学校で、教育魅力化プロジェクトを推進する活動をしています。教育魅力化プロジェクトとは、「町全体が学びの場となり、学び続けるひとづくりを進めよう」という取り組みです。


教育魅力化プロジェクトのさきがけは、同じ島根県にある隠岐島前高校です。島民の減少によって、一時は廃校の危機に迫られた隠岐島前高校ですが、なんと今では島外から入学希望者が殺到する人気校になっています。そんな復活劇を可能にしたのが、地域全体をフィールドとする体験学習カリキュラムの構築や公設塾の設置、島外からの生徒を受け入れる寮の整備といった、前例に囚われない数々の教育改革です。


隠岐島前高校の成功をきっかけに、私の住む津和野も、教育魅力化に着手。でも、このような新しい取り組みを、ただでさえ忙しい学校教員だけでやりきるのは現実的ではありません。そこで実際に学校現場に入り、先生のやりたいことや生徒の状態に応じて地域社会をむすびつけながら、生徒に自己探究的な学びの機会を提供するのが、私たち教育魅力化コーディネーターの役割です。


具体的には、町内でユニークな活動をしている方々との出会いや共同体験の場をつくるプログラムを計画したり、生徒たち主体の活動に伴走したり。生徒一人ひとりの学びや選択肢の幅を増やすために、津和野にある人的・物的資源をいかに教育現場に取り入れるかを先生方と二人三脚で日々考えています。

地方の学校ならではの素敵な活動ですね。住田さんは以前、中学校で教鞭をとっていたそうですが、現在のお仕事に至った背景を伺えますか?


はい。地元の中学校で英語科教諭を3年間務めた後、今に至ります。


教育に関心を持ったのは、大学時代に活動した学生NPOで、人の発達や成長に触れたことがきっかけです。その影響で教職課程を履修し、塾講師アルバイト経験も積みました。でも、人前で話したり意見をまとめたりするのが得意なわけでもない私に本当に先生が務まるのか心配で、どこか決断しきれずにいたんです。


決断の決め手になったのは、Learning for Allという教育ボランティアプログラムでの経験でした。担当したのは、学校の先生にうどんをぶっかけるようないわゆる “問題児” の小学5年生。数週間毎日彼のためにオリジナル教材を作り、粘り強く教えた結果、「わかるって楽しい!」と、弾けるような笑顔を見せてくれて。その経験に勇気づけられて、覚悟が決まりました。


一方、子どもの育ちに関わる方法は、「学校の先生」だけが唯一ではないことも知りました。状況や興味分野も多様な生徒に対し、たった1人の先生が対峙する環境には問題意識が芽生えました。


教員になって1年目は、何から何まで初めての環境にもうてんてこ舞いで、がむしゃらに働きました。2年目になると、1年のサイクルがわかって、少しだけ余裕ができたんです。「学校教育って、本当にこうあるべきなんだろうか」という疑問が再び浮かんだのはそんなときでした。


実際に自分が教員になってみると、リアルな学びの機会の少なさを実感しました。決められたことを理解し記憶するだけの座学中心の授業スタイルは、主体的な学びと行動が求められる実社会にあまりにもマッチしないように思えました。違和感を感じつつも、目の前のことでいっぱいいっぱいで。その違和感に向き合い、自由に変えていくことは非常に困難な状況でした。


また、学校という社会の閉鎖性も問題に感じました。必ずしも馴染めない子が存在する中で「そんなに無理してでも来る価値のある場所なのか、学校は」と、教員の身でありながら思わずにはいられなかったんです。


そんな思いから、教育のあり方を客観的に考え直してみようと、教育関連のさまざまなコミュニティに足を運ぶようになりました。似た問題意識を持つ方とのつながりもできる中で、東京で開かれた教育系のエキスポでたまたま知り合った方が、島根の教育魅力化プロジェクトに取り組む方だったんです。それが今の仕事につながる直接のご縁です。


翌年には、津和野町に足を運び、町の教育委員会主催のフォーラムに参加。教育魅力化コーディネーターだけでなく行政や学校、生徒の仲の良さや優しい雰囲気を感じ、まち全体で教育魅力化に取り組む土壌があるなと、移住を決心しました。

実際に教育魅力化コーディネーターになってみていかがでしたか?

学校教育の前提を疑うところから思考を始められるのが本当に面白いですね。「授業は本当に先生だけがするものなの?」「学校や先生の役割って何だっけ?」「子どもの育ちのために何を見直すべき?」といった議論を恐れることなくできる。地域の方々に協力していただきながら、生徒の成長のために何ができるかを本質的な視点で考えられることが何よりの醍醐味です。


地域の多様な方々との出会いを通して、生徒たちには、人の多様性を認識した上で、ありのままの自分を誇れるようになってほしいと常に思っています。「人がこうだから、自分もこうしなきゃ」ではなく、「色んな人がいる中で、私は今、これに興味がある!やってみたいからやるんだ」と、世界を広げることで自分に自信を持って行動できる機会を作っていきたいですね。


閉鎖的で画一的なものさしの上に置かれがちな教室では、そのような価値観は育みづらい。でも、真の共創やコラボレーションによって何か新しいものを生み出す営みは、多様性の中で自分を認めることの上にこそ成り立つものだと思うんです。


その結果、少しでも生きづらさが無くなったり、周りの人を大切にできたり、楽しみが増えて欲しい。仲間とコラボレーションして活動する力や、自分の人生を自分で選択できる力を持つ子どもが育って欲しいと願っています。

コラボレーションによる共創を生み出したい

住田さんは、グラフィックレコーダーとしても活躍されていますね。

グラフィックレコーディングは、趣味の延長から始まりました。もともと絵を描くことも人の話を聞くことも好きだったので。「図解」というコンセプトをSNSで知ったことをきっかけに、自分でも読書ノートを図解してみたり、図解をテーマにしたコミュニティに入ってみたりしたんです。その活動を通じて、グラフィックレコーディングにたどり着きました。


当時は教員だったので、学級通信を絵や言葉で図解してみたり、合唱コンクールでより感情豊かに歌うために、歌詞に対する生徒のイメージをグラレコで表現してみたり、色々試してみました。すると、生徒が興味を持ってくれる場面がたくさんあって。模造紙の紙面をどう使うかなど、本格的に学び、熱中していきました。

生徒さんもきっと喜んだでしょうね!グラフィックレコーダーと教育魅力化コーディネーターという2つの活動軸は、何らかの文脈でつながるものなんでしょうか?

コラボレーションによる共創を生み出すことが、私の究極的に目指している姿です。個人の発見はもちろん、他者とコラボすることで相互に発見がある場をつくりたいと思っています。


そのためには「つくる」活動が核になります。自然な興味やリアルな課題感を起点として、「つくる」という主体的な活動によって他者と学びあう時間が生まれる。そんな場を子どもたちの活動に組み込むこと、そして私自身も仲間とつくっていくことが今やりたいことなんです。


共創を生み出すには、他者とのコミュニケーションが不可欠です。コミュニケーションは、言葉や文字など、何らかのアウトプット手法の上に成り立っています。グラレコは、効果的なコミュニケーションを可能にするアウトプット手法の一つです。自分の考えを目に見えるカタチで表現し合うことで、他者のそれとの違いが強調されつつも混ざり合い、その摩擦から新たな気付きや学びが生まれる。それこそがまさに、共創の本質だと思っています。


アウトプット手法の多さは、子どもの多様な興味を拾う力に直結すると思っています。グラレコというツールの他にも、今後は木工といったクラフトも、表現手法に加えたいですね。こうした取り組みを通じて、これからも自分の気付きを仲間と突き合わせながら物事を「つくる」、”学びの機会コーディネーター” としての自分を追求していきたいです。