根津 朋子(ねづ ともこ)


1993年長崎県生まれ。人材系企業に勤務しながら、自身で立ち上げたルワンダ発ファッションブランド『Alizeti』の代表を務める。


きっかけはケニアでのボランティア

小学生の頃から平和に関心があったと伺いました。


はい。長崎出身で、小さい頃から平和教育を受けてきたため、自然と関心を持ちました。長崎に原爆が投下された8月9日は毎年登校日で、被爆者のお話を聞く機会がありました。中でも印象に残っているおじいさんのお話があります。「世界平和のために、小学生のあなたにもできることがあります。それは世界中の友達を作ること。友達がいればその国と戦争しようだなんて、思わないでしょう」それを聞いて、「今の私ですらできることがある。じゃあ大人になったら、もっとできることがあるんだ」と思い、使命感を抱きました。


中学、高校と成長していくにつれ、世界には戦争以外にもたくさんの問題があるんだということを知りました。中でも貧困問題に興味を持ち、高3のときには途上国の貧困問題に関わるにはどんな仕事があるのかを調べたりしていました。大学では、国際協力をテーマに活動している学生団体に入りました。

平和への関心をきっかけに、貧困問題に興味を持たれたんですね。Alizeti立ち上げるまでの経緯について教えてください。


最初のきっかけは、大学2年生のときにケニアにボランティアに行ったことです。JICAなどの国際協力機関に就職したくて、「まずは自分の目で途上国の貧困を見てみよう」と思い、飛び込みました。


いわゆる発展途上国に行くのはこれが初めてでしたが、実際に行ってみて街に出ると、見知らぬ人から「お金頂戴!」の嵐。日本人というだけで裕福だと思われて、意図せずに上下関係ができてしまう感覚がすごく嫌でした。私はただこの人たちと友だちになりたいだけなのに。何とかアフリカの人たちと対等に付き合うことはできないものかと考えたときに、お互いに利害があるビジネスパートナーになるのが一番なのではないかと思いつきました。それをきっかけに、NGOではなくビジネスを通じて、アフリカに関わりたいと思うようになりました。


貧困問題についても、ボランティア中にさらに当事者意識を高めることができました。私を受け入れてくれた現地のホストファザーは近所の小学校の理事長で、学校に通えない子どもたちを支援する活動に取り組んでいる人でした。私の英語が上達するにつれて、だんだんと深い話ができるようになって、あるとき「僕たちはケニアの貧困を解決したいんだ」と打ち明けてくれたんです。その言葉が私にすごく響きました。


「いつかアフリカでビジネスを立ち上げよう!」と心に決めて帰国したケニアでのボランティア経験を経て、次にアフリカの地を踏んだのは2年後です。今度は大学を1年間休学して、実際にアフリカでビジネスを学ぶ目的で渡航しました。現地でインターンをしながら、小さくても、うまくいかなくてもいいから何かを立ち上げようと思ったんです。


最初のインターン先はタンザニアにあったのですが、ここで「洋服を作って売る」というアイデアにたどり着きます。タンザニアに来て1ヶ月ほど経ったある日、町の市場を見て回っていたときのこと。お店に並べられた、とても鮮やかできれいな柄のアフリカ布に出会ったんです。「お、コレかわいいじゃん!」と。


改めて周りを見ると、アフリカ布で作られたカラフルな服を着ている人がたくさん歩いていました。でも、日本人の感覚では、「これはちょっと着れないな...」と。ウェストの位置が低すぎたり、着丈が長すぎたり......。でも布は本当にかわいかったので、「日本人女性好みのシルエットに仕立てたら売れるかも!」と思ったんです。さっそくプラン作りに取り組みました。


そんな折、タンザニアでのインターンシップ期間を終え、次のインターン先があるルワンダに移ることになりました。ヒマワリを栽培し、欧州の消費地に輸出する会社でした。ちなみに『Alizeti』(スワヒリ語で「ヒマワリ」)というブランド名はここから付けました。毎日ヒマワリに囲まれる日々を送っていたことから、モチーフにしたいと思ったんです。


ルワンダでもアフリカ布は手に入ったので、自分の貯金を使って試作に取り掛かりました。インターン先にも快諾いただき、空き時間を使ってコツコツと。自分で服を作れたわけでも、服飾デザインを専門に勉強したわけでもないので、町の仕立て屋さんにお願いして、日本人としての一般的な感覚でここをこうしてほしいというオーダーを出して作ってもらっていました。すると何度か繰り返しているうちに、自分も着たいし、友達にも着てほしいと思えるものができたんです。以来、「友達に着せたいものを作る」というのが『Alizeti』の初期のコンセプトになりました。


エネルギッシュなお話にすっかり引き込まれてしまいました。立ち上げる段階で苦労した点はありましたか?


スキルの高い仕立て屋さんを探すことが一番のハードルでした。試作品をオーダーする段階で知ったのですが、人によってスキルの差がすごくあるんですよね。でも、日本人はきっと細かい仕上がりにうるさいから、ここは妥協できないだろうなぁと。色んな仕立て屋さんにオーダーして、良さそうな人に2~3着追加発注して、さらに絞り...ということを繰り返していきました。ちょうど海外青年協力隊で裁縫を教えに来ている日本人の方がいたので、その方に腕のいい仕立て屋さんを紹介してもらいました。


日本人好みのデザインにしていくのも一筋縄ではありませんでした。現地の常識からすると、逆に外れたものを作ろうとしているわけで、「ここはこういうふうに仕立ててほしいんだ」と伝え、実際にやってもらうのには苦労しましたね。

アフリカ布は、人の気持ちを変えられる

なるほど。現在の『Alizeti』としての活動内容について教えてください。


お客様からECを通じて注文が入ったら、ルワンダで契約している仕立て屋さんに作ってもらい、発送するというのが基本の流れです。仕立て屋さんは「1着いくら」という成果報酬制ですし、受注生産なので在庫や固定費を抱えることもありません。他には、アイテムの企画やインスタの運用など、国内メンバーとルワンダメンバーとでうまく連携して取り組んでいます。


先日、購入いただいたお客様のツイートがバズって、一気に200のオーダーが入るというありがたい事件がありました。普段は一度にそれほど多くのオーダーが入ることはないので、嬉しい悲鳴を上げています!


一番やりがいを感じるのはどんなときでしょうか?


やはりご購入いただいたお客様から喜んでいただけるのが一番嬉しいです。「めちゃくちゃかわいいです!」とか「こんな感じで着てます!」とか、インスタでコメントいただいたり。私たちの想いがこもっていることを理解して購入いただいているお客様だからこそ、そんなコメントをいただけるんだなと実感しています。


仕立て屋さんの変化も嬉しかったことの1つです。最初は品質にムラがあっても、仕上がりについて根気よく、細かくフィードバックするうちに、今では完璧なものが納品されるようになって。現地で評判になって、私たち以外の外国人からも彼女にオーダーが入るようになったんです。お金がなくて小学校を中退し、もともと現地語しか話せなかったのに、色んな外国人と関わるようになったことをきっかけに英語を勉強しているそうです。そんな思わぬ影響を及ぼせているんだなと思うと、報われた気持ちになりますね。


『Alizeti』を通じて、何を成し遂げたいと思っていますか?


若い女性が、自信を持って前向きに明るく生きられるようにしたいと思っています。大学に入学して周りの友達を見ると、自信がない人がすごく多かったんです。日本は世界的に見ると比較的所得が高くて、しかも安全で、とても豊かな国です。一方で自殺する人が多かったり、毎日を楽しめない人がいたりする。かくいう私も今でも常には自信が持てなくて。でも『Alizeti』を始めたときは、自信なんかなくても「絶対にやり遂げるんだ」という想いで突っ走れて、結果的に少し自信につながったんですよね。みんなも自信なんか関係なく、夢中になれるものを持てばいいのになと思います。


アフリカ布は、人の気持ちを変えられると実感しています。華やかな柄の服を身につけると明るい気持ちになれます。収益性のことを考えると、年配の世代をターゲットにしたほうが、もしかしたら儲かるのかもしれません。でも、アフリカ布をまとうことで、同世代の女性に明るい気持ちになって、自信をつけてほしい。そんな思いで続けています。